昭和初期から続く材木屋の次男として生まれました。
一つ年上の兄と四つ年下 の弟、両親祖父母の七人家族。
「木の家はな、『住んでよし、心にしみる木の住まい。』って言うんだ。
でも、いくら大工さんの腕が良くたって、
材木が悪かったら良い家なんて出来ない。
良い家を作るには、材木屋の目利きが欠かせない。」
家では寡黙な父でしたが、ご機嫌な時はそう言って
私たちに胸を張ったものでした。
おとなし目の兄に比べて、目立ちたがり屋の私、
「肥田さんトコは、二番目が跡継ぎ。」
小学生の頃、すでに周囲からは、そんな声が聞こえていました。
どうやら祖父が噂の出所らしいのですが、そこは田舎のことです。
「家は長男が継ぐのが当たり前!」と、安易に考えていた私でした。
私の中に「自分と関わる人達の笑顔を見たい、人の役に立つ仕事がしたい」という将来への漠然とした想いはありましたが、家業を継ぐことを決意したのは、本音をいえば「仕方なく」でした。
高校・大学へ進むに従い、両親は本当に私に家業を継ぐように迫りました。両親や祖父母の願いとはいえ、自分の将来を左右する決断…。
当時の私には、自分の力を試してみたい世界もありました。
「勘当してくれ!」と親に頼んだこともありました。
それまでの人生で一番悩んだ選択でした。
ある時、寂しそうに兄が言いました。「そんなに戻りたくないなら、
俺が戻るよ。でも…、ウチが待っているのは俺じゃないんだよな。」
口には出さずとも、長男としての責任をずっと感じていたのでしょう。
何も言い返せませんでした…。
結局、親兄弟を捨てる度胸もなく、家業を手伝うことを決意したのです。
子どもの頃から見ていましたし、体力には自信がありましたので、
すぐに順応できると思っていました。
しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。
「材木屋は肩から毛が生えて一人前。」そう教えられた入社初日。
大工さん達との打合せ、見積書作成は習ったこともない尺貫法。
材木の良し悪しを見分ける「目利き」。鍛えるために、競りへと通う日々。
納得のいく仕入れが出来るようになるまで、何度失敗を重ねたか…。
時には叱られ、たまに誉められる毎日の中で、
私は少しずつ材木屋の楽しさを覚えていきました。
改めて木が好きになり、材木屋という職業に、
誇りと遣り甲斐を持つことができました。
から、 柱を隠す「洋室志向」へと変わっていきました。
取引先の現場も、年を追うごとに住宅メーカーと同じような建物に
なっていきました。
私が子どもの頃から見てきた住宅と、一見似て非なるもので、
天井や壁はビニールクロス。床には合板フロアが当たり前に
なっていきました。
さらに、「どうせ(壁を貼って)見えなくなってしまうから」と、
より低価格の木材を求める工務店さんも出はじめました。
木材の「目利き」も具わってきた私は、
「本当にこんな資材を納品して良いのか?」
自問自答しながら納材する事さえ何度かありました。
そこには「住む人」のことより、業者の利益確保のための家造りが
ありました。
より低価格の製品を用いることは、
私の「目利き」から外れた製品を納める事です。
後々、様々な問題が発生するのが容易に想像できます。
そんな材料を扱うことは苦痛でしたし、お施主さんに対して
「罪悪感」を抱いた事さえありました。
コスト最優先の家造りの建築現場からは、
笑えない現実が増えて行きました。
合板や新建材、ビニールクロスなどの接着剤に含まれる化学物質が原因で、健康被害が起きてしまう というものでした。
幸い、ヒダモクが関わったお宅では該当するお宅はありませんでしたが、
やり切れない気持ちで一杯でした。
「なんてこった…」
やっと材木屋の遣り甲斐が判ってきたのに、
使われる木の質は下げられるわ、
健康加害の片棒を担がされるかもしれないなんて…。
絶対間違っている!
行き場のない憤りが私の心に溜まっていきました。
春に未熟児で産まれた娘達は、家内の実家近くの病院で
約三か月間過ごしました。
週末ごと、片道約三時間掛けて娘達に会う生活。
会える喜びの反面、痒そうにしている娘達を見る辛さ…。
乳児湿疹?アトピー?皮膚炎で真っ赤なほっぺ、荒れた肌。
親として娘の苦しみをどうすることも出来ないもどかしさ…。
複雑な気持ちの三か月でした。
夏になって、やっと我が家に帰ってきた娘達。
すると、驚く事に一週間程度で皮膚炎が引いていきました。
「なぜだ…?」
化学物質過敏症?、ハウスダストによるアレルギー?
いずれにしても、建物の中に原因あると思われました。
我が家は、父が吟味した無垢の木と漆喰の家。
そこで皮膚炎が引いて行ったということは…。
私の中で、一つの仮説が生まれました。
無垢の木と自然素材の家は、赤ちゃんにも優しい環境が作られる!
娘たちの症状改善を目の当たりにした私は、
何軒かの取引先の大工棟梁、工務店の社長さんに提案してみました。
「シックハウスの加害者になる前に、
合板やビニールクロスを使わない家造りに戻りませんか?」
でも、返ってくる答えは同じようなものばかり…。
「うちのお客さんで具合が悪くなった話なんて聞いたことがない。」
「お客さんは、今時そんな家望んでない。」
「そんな話したら、予算オーバーで仕事が無くなっちまう。」
耳を貸してくれる人は居ませんでした。
「親父のように子ども達に胸を張れる仕事がしたい。
でも、このままじゃ到底無理だ。」
「お客様ときちんと向き合って、お客様も自分も、
みんなが笑顔になれる仕事がしたい。」
「娘たちが気づかせてくれた自然素材の家で、
シックハウスなんて関係ない家造りがしたい。」
どんどん想いは大きくなっていきました。
やがて、私の中で1つの結論に至りました。
「自分が我が家を建てるとしたら、
絶対無垢の木や自然素材に囲まれた家にする。
空気が美味しいし、癒される。シックハウスの心配も無用だ。
常に『我が家』を造るつもりで、プロの目利きに叶った『木』と
自然素材を用いて、骨太で頑丈な適材適所の家を造れば、
きっとそこに住む人は笑顔で毎日が過ごせる。
それが『材木屋ならではの家造り』であり、
『家に関わる全ての人が笑顔になれる家造り』なんじゃないか?」と…。
誰もやらないのなら、自分が本物の家造りをしよう!
木や自然素材に精通した建築士が必要と考えた私。
お客様の夢の実現をお手伝いするため、自分の想いを形にするため、
建築士の資格試験に挑むことにしました。
子ども達が大きくなった時に、
胸を張って仕事をする自分の姿を見て欲しい!
その一念で、仕事に育児に勉強に必死に取り組み、
一回で合格することが出来ました。
安堵感とともに、責任の大きさを感じ、
身震いしたことが今でも忘れられません。
「失敗した…」
と我が家に不満を抱えながら暮らしている人が増えていると聞きます。
なぜお客様は、後悔する家造りを選んでしまうのでしょう?
答えは簡単です。
知らないからです。知らないから選ぶことができないのです。
わずか半世紀前、家の内装の「普通」といえば、
床は無垢のフローリングか畳。
壁は塗り壁で、天井は板張りか布クロスでした。
家中が呼吸する材料で造られていました。
ですから、シックハウスとも無縁でした。
最近の家造りでは、ほとんどの建築業者が、
床は合板フロア、壁や天井はビニールクロスを提案します。
それが今の「普通」の光景です。
私は、家中がビニールと合板の呼吸をしない「建材」で囲まれた家が
「普通」とは思いません。
これらの製品は「簡単」「早い」「失敗が少ない」など、
業者側に都合のいい「建材」です。
そんな住宅を「健康住宅」という名のもとに販売している
住宅会社さえありました。
そこにはお客様に対する「思いやり」などは感じられません。
お客様が知らないのを良いことに、売り手側の都合優先の家しか作らない。
そんな建築業界は間違っている!
正しい情報発信に努め、お客様に選択してもらうことが大切。
私はそう確信しています。
私も自然素材を使いたい一人です。
なぜなら、現在の「普通」の家では健康に暮らせないことを
知っているからです。
ではなぜ、お客様に「本物」を勧めないのでしょう?
それは、高価になって仕事が取れなくなると計算しているからです。
お客様の予算に合わせるために「本物」は薦めないのです。
確かに価格だけを考えると、自然素材を用いると割高に感じる
かもしれません。
しかし、快適な室内環境を作り出してくれます。
しかも耐久年数が二倍は長持ちしますから、逆に「お得!」なのです。
自分達はソレを知っているので、自分の家には「本物」を使うのです。
近所のある農家の方は、自家用に無農薬で野菜を育て食べています。
出荷用の野菜は、別の畑で農薬を用いて栽培しているそうです。
私はそれと似ていると思います。
しかし、その家造りの選択を間違えてしまい、
後悔している人達も多くいます。
そんなご家族を一組でも減らしたい!
私たち家造りのプロが、お客様の事を我が事に置き換えて考え、
健康に安全に暮らせる家造りの選択肢をアドバイスすることも大切。
私は心の底からそう思います。
19年前、私は決心しました。
材木屋ならではの家造りで、お客様の夢のお手伝いをしよう。と…。
その時からヒダモクは、
「地元の木や自然素材を用いた、住む人が健康で快適に暮らせる、
頑丈で長寿命の家造り」をしています。
お陰様で、喜びの言葉は頂戴しても、新築してから体調が悪くなった、
アレルギーで苦しんでいるなどといわれたことは一度もありません。
本物だから、人に優しい、環境に優しい。
本物だから、やがては土に還せる。
本物を提案し、共感いただいたお客様の家造りを
お手伝いさせていただいています。
家業を継いで、早や26年。
子ども達に胸が張れる仕事がしたいと本物の家造りに取り組んで19年。
家造りが天職。今、自信をもって言えます。
私は、家は「買う」モノでなく「造る」モノだと確信しています。
それぞれのご家族に、趣味・嗜好があり、その生活スタイルは異なります。
ですから「家」は、全て異なる形・間取り・大きさになるのが当たり前です。
自分達の生活に合わせた「家」が欲しい。本物の家で健康に快適に暮らしたい。
そう考える皆様と私は巡り会いたいと思っています。
なぜなら、「建物」に合わせた生活は、どこか我慢を強いられるからです。
やがてはストレスが積み重なっていくことが判っているからです。
ストレスフリーで、お客様も、造り手も、「笑顔」になれる、
環境にも優しい仕事をさせて頂きたいのです。
一組でも多くのご家族の「笑顔」を拝見出来る様、これからも頑張ります。
私でお役に立つことがあれば、お気軽にご相談下さい。